――これは、とある満月の夜に生まれた、月の兎の物語。

兎が住む月の世界は、とても美しい場所だった。とても静かで、とても居心地が良い場所でもあった。
空を見上げれば、漆黒の闇。
足下に広がるのは、真っ白な大地。
何かを怖がる必要はなく、何かを求める必要もない。
満ち足りた、完成された世界。
それが月の世界だった。

完成された世界で一人、兎は何十年、何百年、何千年、何万年……
いや、それ以上の、気が遠くなるほど長い時間、心穏やかに生きていた。
毎日気が向いた時に起きて、食べたいものを食べ、眠くなったら眠り、また起きる。
その繰り返し。
月の世界はいつだって美しく、優しく、兎を包み込んでくれる。

変わり映えのしない……けれど満ち足りた世界の中で、兎は生きて、そして眠った。
数えきれない昼と夜を過ごした。
兎が眠りにつくそのとき、見上げる空には、必ず二つの星があった。
赤く燃える星と、青く澄んだ星だ。
兎は気まぐれに、その星で生きる自分を想像したりもした。
それは思いがけず、楽しいことだった。

ある日、兎はふと考えた。
ただ想像するだけでなく、本当に、あの星で生きてみたら、どうだろう。
赤い星にいこうか?
面白そうだが、見るからにちょっと熱そうだ。
確かに。
あんなに激しく燃えているしね?

それじゃあ、青い星は?
赤い星に比べたら、涼しそうだ。
よく見たら、青以外にも、色々な色があるしな?
そうだね。
それだけ色々なものに出会えるかもしれない。

よし、あの星に決めた。

兎はたった一人だ。そうと決めたら止める者はいない。
必要なものなんて、ない。
恐れるものも、知らない。
その日は、兎が生まれたのと同じ、満月の夜だった。

兎は、はじまりの一歩を踏み出した。

これは、満月の夜に生まれた、月の兎の……冒険の物語!